BYWAY後志 Magazine Blog
BYWAY後志 Magazine Blogは、以下の新ブログに移転しました。

”BYWAY後志” interview book 立ち読み blog
URL:http://blog.livedoor.jp/byway_shiribeshi2/

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    【BYWAY後志・第伍号記事紹介】小樽祝津地区建築散歩
    小樽祝津建築散歩small

     BYWAY後志のバックナンバーでは後志の各町の名建築を紹介してきた。
     第伍号は、小樽はにしん漁で反映した「祝津地区」の漁場建築の紹介。
     この祝津エリアでは、なんと42棟もの漁場建築が群としていまだにその勇姿を誇るように立っている。
     水族館や観光施設を見てつい去ってしまうのはまことにもったいない。  
     是非、BYWAY後志第5号を持参し、祝津地区建築散歩をお奨めしたい。

     小樽祝津建築散歩2small    

     祝津地区の名建築を紹介してくれてます。
     今年から始まった祝津にしん祭では、本稿を執筆した北海道職業能力開発大学助教授・駒木氏のガイド付きで漁場建築巡りを実施したところ、定員の倍以上もの参加者があって、実行委員会は大喜び。
     この四二棟の漁場建築の中でももっとも目立つ位置にたつ、茨木家中出張番屋が建設業と地域の元気回復助成事業で修復されることになった。
     その紹介ブログが、  
      小樽祝津ニシン番屋再生物語  
     是非、アクセスしていただきたいです。

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    9/22-23後志収穫祭で、BYWAY後志を販売
    収穫祭でBYWAY後志の販売

     今年で三回目の後志収穫祭、小樽ウィングベィのネーチャーチェンバー会場一杯の出店で大賑わい。
     BYWAY編集部も参加して「BYWAY後志」の宣伝を兼ねた販売と意気込んでいたが、BYWAY後志編集部は他とブッキング。
     急遽、しりべしツーリズムサポートが販売を。

     後志の元小学校校長先生が、3,4,5号が発刊されているとは知らなかったと、バックナンバー二冊と、伍号を子供に送ると二冊お買い上げ。

     BYWAY後志の、販売促進用のパネルなどがあれば、こういう会場ならもっと売れる・・・と。
     
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    【BYWAY後志・第伍号記事紹介】岩内人魂、苦闘また苦闘の港づくり
    岩内港防波堤物語S

     こんな苦難を乗り越えてきたなどと、今、岩内の若い人たちも知らないだろう。
     港湾設備や施設などはお国からの助成を得てやってきたものだ、と。
     しかし、本記事を読み、絶句。
     岩内の町独自金融機関から借金、町債も起こして防波堤を第一次、第二次と作り、その建設資金が枯渇し、町財政も破綻、町民の流出を乗り越え、最後にはやっと国の援助を受けて完成した。
     しかし、完成したと喜ぶのもつかの間、折角の防波堤ができた時期に、岩内を支えてきたニシン漁は資源枯渇しニシン漁業そのものが衰退する。
     天はどれほどこの岩内に試練を課せば気が済むのか!

     それを救ったのは!
     ・・・・、BYWAY後志第伍号購入で続きをお読みください。


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    【BYWAY後志・第伍号記事紹介】悲しい程知られていない、ラベンダー発祥地は富良野にあらず、後志・共和町
    ラベンダーS

     クリックすると拡大画像になります。

     わが後志・共和町のラベンダー畑は悲しい程に、知られていない。

     毎年6月、北海道・富良野町には本州からラベンダー畑を一目見ようと多くの観光のお客様が訪れる。
     しかし、富良野町のラベンダー栽培は昭和23年、後志協和町がラベンダー栽培を始めたのは戦前、昭和10年代・・・。
     その香料の原料作物として栽培が始まった事始めの苦闘と盛衰の奇跡・・・。
     続きは、ご購入されて・・
     
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    【BYWAY後志・第伍号記事紹介】小樽・焼き肉店の極めつけ・三四郎
    BYWAY5_三四郎_420

     北海道の田舎者の若者が、ここではない何処かを目指し、東京へ栄光の脱出をした。
     しかし、東京の”食”では驚かされた。
     江戸前の蝦の握り寿司がボイルで、モダニズムの東京人は「生」はたべないのかと感心し、
      GW、五月病にかかる頃、大学近辺の餅屋を巡り歩き、どこにも「べこ餅」が置いてなく、東京人は節句をどう祝うのかと絶句し、東京人の子供が可哀想になり、
     この頃から夢の東京が自分の中でひび割れていき、
     そして、学生と言えば「肉」で、焼き肉屋に入って「ザンギ(鶏の唐揚げ」とオーダーしても店員にナンダ?という顔をされ、東京人は鶏の唐揚げも食べない人種かと呆れ、最後の〆に、スープを待っていてもいつまでたっても出てこず、ついに積年の東京への熱き思いが崩れ落ちていった。
     そんな不満を、地方から出てきた学生仲間と、焼き肉屋をはじめお国の味自慢を競うことで、解消していた。
     
     小樽・焼き肉・三四郎・・・
     小樽の焼き肉屋では、客のオーダーが止まりそろそろ会計かという頃を見計らい、店員がポットに入ったスープを持ってき、お客のタレの残った器にスープを注いでくれる。
     カルビやロースやホルモンなどのエキスが入り交じって残ったタレと熱々のスープが奏でる最高の〆スープが、酔ってだらしなくなった喉をきりりと締め、「今日も食ったな」と満足の吐息をはかせ、客は帰路につく。
     これが、小樽の焼き肉屋では通常の風景。
     小樽を訪れた人々に、この小樽の当たり前の焼き肉屋の楽しみこそが、感動を与える一瞬。
     その「焼き肉屋の〆のスープ」の元祖が、   
       「小樽・焼き肉屋・三四郎」 。
     さあ、三四郎物語、続きは是非【BYWAY後志第伍号】で。

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    【BYWAY後志・第伍号】見開きテーマは《石狩挽歌》
    石狩挽歌

     【BYWAY後志・第伍号】の見開きページは、
     清水武男氏撮影の「積丹半島入舸」と「石狩挽歌

     本号の各記事と構成は、その「石狩挽歌」の歌詞からもらっているのではないかと。

     にしん、やん衆、番屋、沖、大量、ソーラン節、オタモイ岬、鰊御殿・・・
     そして、「・・・沖を通るは 笠戸丸」
    の「笠戸丸」を取り上げたのが、今号の巻末記事、
     《「石狩挽歌》に唱われた笠戸丸の流転



     編集部も粋に遊ぶ。
     その特権がないと、発刊というハードな作業をやって行けませんよね。

     何気なく口ずさむ「石狩挽歌」の歌詞にある、後志の奥深さをまた知ります。
     というか、石狩挽歌は、後志のエッスンスが取り込まれているといっていいか。
     題名が「後志挽歌」とならなかったところに、当時から後志の認知度がなかったことを示している。
     本州人には「後志・しりべし」を読めないという販売サイドの意向もあったかもしれないかなぁ、と。



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    【BYWAY後志・第伍号】後志・寿都の空に飛行船がやってきた。
    寿都に飛行船がS

     【BYWAY後志・第伍号】
     《寿都の空に飛行船がやってきた。》
     毎号、驚かされる記事が載るのが、BYWAY後志です。
     この記事を読まれる皆さんの驚く姿を想像し、編集者がニンマリしながら徹夜の編集作業をする姿が目に浮かびます。(^^)

     それにしても、北海道の、後志の、寿都の町の上空に、あの《グラーフ・ツッペリン》飛行船が現れた、などとは知らなかった。
     まあ、80年前のことなのだが。
     まだ、複葉機の時代だ。
     そんな歴史をまだ知っておられる方が生きている。
     後志は奥深い。
     詳細記事は、ご購入を。

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    【BYWAY後志・第伍号】雪の博士・中谷宇吉郎とニセコの人々
    雪の博士・中谷宇吉郎とニセコの人々S

      【BYWAY後志・第伍号】
     《雪の博士・中谷宇吉郎とニセコの人々・雪が紡いだ人と人の絆》
     2003年新聞にニセコ山中から第2次大戦時の日本軍戦闘機・零戦の翼が発見されたと報道があった。
     19年前北海道新聞取材班に一部が発見されて以来で、今は倶知安風土館に展示されている。
     その零戦が、世界の雪の博士・中谷宇吉郎氏と繋がっており、倶知安・ニセコの町民も多く係っていたというのが、本記事。
     「雪は天から送られた手紙」という名文句は、昭和20年代生まれには教科書に掲載されていて馴染みが深い。

     が、観光まちづくりの世界でも、「雪は天から送られた手紙」の中谷「雪」博士は一役買っている。
     日本の宿泊形態を変えたと言われる九州大分・湯布院。
     その湯布院の観光まちづくりを今日まで牽引してきた一人、亀の井別荘主人・中谷健太郎氏が、この雪博士・中谷氏の甥っ子なのです。
     亀の井別荘ご主人が若かりし頃、氏は映画監督を目指しており、湯布院で旅館を経営されていた親御さんから後継にと言われ、思い悩み叔父の北大教授・中谷宇吉郎氏に旅館の主人の後継になるべきか否かで相談をしに来道され、博士のアドバイスで意を決して宿屋の主人になることを決意し帰郷して、今日がある。
     人の出会いや運命が、糾える縄のように繋がっていく。

     そんなエピソードを背景に読むニセコアンヌプリ頂上の着氷実験施設建設の苦闘の物語は格別です。


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    【BYWAY後志・第伍号】新連載・シリーズ《見果てぬ夢を追う開拓者たち》!!
    見果てに420

     ↑クリックすると拡大画像に。
     それ以上拡大して読みたい方は、書店でご購入を。
     郵送も承っておりますので、ご希望の方はこちら

     BYAWAY後志の創刊以来はじめてのシリーズものが、開始です。
     題して、
      「見果てぬ夢を追う開拓者たち」
        伊達・喜茂別・ニセコの黎明を繋いだ人々」(1)
     です。

     東北列藩同盟に加わった仙台・伊達藩の1小藩の移民から始まり、喜茂別、ニセコへと開拓を進めていった開拓者たちの、一代抒情詩的記事です。
     後志@人必読ですわ。

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    【BYWAY後志・第伍号】この方々で執筆協力を頂いて通巻5号まできました。
    執筆陣420

     2007年1月発刊からBYWAY後志は、この後志に居住する人々の執筆協力で通巻5号までやってきました。
     勿論、取材しヒアリングし編集部がテープ起こししての記事もあります。
     その度に思うのは、このしりべし・後志という地域に何と多様な人々が生き暮らしているのか、生きてきたのか、です。
     そして、その言葉の持つ圧倒的迫力。
     後志人が、しっかり胸に抱えてきた歴史の深さと迫力。

     都会人のスマートさなど、吹き飛ぶ、「生」の迫力です。

     
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